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2008年09月08日 : 教会での結婚式

ブライダルデスク担当のHです。

先週の土曜日は、久しぶりに教会での結婚式の立ち合いでした。

仕事柄、色々なブライダルの場面に立ち会います。但し、仕事として関わっている場合、なかなか結婚式の会場に入れせていただくことは希で、ましてや、いくら人気が高いキリスト教式とはいっても、本物の教会での結婚式を拝見する機会は、なかなかあるものであありません。

新郎新婦が、入場した後、当日のヘアメイク担当者と、教会の外で待っていた私は、「よろしければどうぞ」と、教会の中に招き入れられ、その結婚式を全て見ることができました。

19世紀末に設立されたというその教会での式は、おそらく全ての式次第が教えに則り、忠実に進められたものであったろうと思います。とても良いお式だったと思います。

司祭様の訓話は、聖書の中の「葡萄園と労働者のたとえ話」を用いたものでした。

この話をここに書いていくと、長くなってしまうので割愛しますが、葡萄園の主人と、雇い入れた労働者の間の関係は、互いに権利と義務が発生する「契約」であるということ。また、その契約の中においても、それを超える「恵み」が存在すると言うこと。そして、そのことは、「結婚」という二人の関係に於いても、あてはまっていくということ。

100%の記憶ではありませんが、司祭様は概ねこの様なお話をかなりの時間を割いてなされた後、新郎新婦のお二人に結婚に際しての誓いを確認し、そして、お二人を祝福なさいました。

キリスト教の式に限らず、結婚式に際しては、新郎・新婦のお二人は、必ず、何らかの「誓い」をしています。

これは、結婚というものは、必ずしも前途が希望と幸せだけに満ちあふれたものではなく、間違いなく、困難や苦労にも出会うものであると言うこと、そして、その艱難辛苦は、もちろん二人で乗り越えていかなければならないものですが、人間は結構ひ弱で、それを乗り越えていく為には、二人の間だけの約束(契約)だけでは、およそ崩れてしまいやすいものだからなんですね。きっと。

だから、人は、キリストであったり、八百万の神であったり、あるいは、二人を祝福する人々の前で、二人が結婚に際する契約を破らないことを誓いうんだと思います。

皆さん、ご親戚、ご友人の結婚式などにご出席される機会があれば、その式がどのようにすすめられ、どのような人が、そのような話をするのか、一度じっくりと聞いてみるのもよいものですよ。

 

 

 

 

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